|

ハッカの歴史を紹介する「北見ハッカ記念館」
北海道北見市。ここは別名「ハッカ王国」と呼ばれるほど、古くからハッカの名産地として知られた街です。ハッカといえばやはり、あのスッとした清涼感が魅力。身近なものではキャンディーがありますが、食品としてだけではなく、健康面や美容面など、あらゆるジャンルにおいて、世界中で活用されています。そのため世界中で栽培されていますが、その種類はさまざま。北見で育てられたのは和種ですが、洋種の代表種とも言えるのが日本でもよく耳にする「ペパーミント」です。ハッカは英語ではミントと呼ばれており、つまりハッカもミントも実は同じ意味なのです。そんな人々の生活に密着しているハッカは、どのような歴史でここ北見市に根付いたのでしょうか、そしてどのような工程を経て私たちの元へ届くのでしょうか。

ハッカはキャンディだけでなく、様々な用途で使われている
ハッカをくわしく知るために「北見ハッカ記念館」を訪れ、施設長である佐藤敏秋さんにお話を伺いました。「ハッカはシソ科の植物です。実は日本で最初に本格的なハッカの栽培を手がけたのは岡山県で、1817年、江戸時代の終わりごろに栽培が始まりました。それが広島県や山形県に伝わって、明治34年ごろ、ようやく北見市でハッカ栽培が始まりました。昭和に入ると北見市のハッカは、世界シェア70%を誇るようになったのですが、その理由のひとつは岡山県や広島県が、商品価値が高いにもかかわらずハッカが安価で取引されていたことから栽培をやめてしまったためです。気候に恵まれた本州なら、いろいろな農作物が育つので、とくにハッカにこだわる理由はありませんから。でも北見市にとってはハッカが生計を立てるための頼みの綱だったわけです」。北見市がハッカ王国にまで成り得た理由が、現実的なものであったことは意外でしたが、それでも気候や土壌にハンデを背負いながらも達成した、世界シェア7割という数字は大きなものです。当時の人々のハッカにかける想いが伝わってくるようです。

ハッカ蒸しの工程を体験できる「北見薄荷蒸溜館」
次に隣接する「北見薄荷蒸溜館」に移動し、ハッカができるまでの工程と、その用途について伺いました。「ハッカ草はまず蒸溜釜で蒸して原油を取り出します。そしてその原油を遠心分離器にかけて結晶と精油に分けます。この結晶こそ、『ハッカ脳』と呼ばれるハッカの命。これをもっとも多く含有しているのが日本で栽培されていた和種ハッカのため、『ハッカ脳』は日本でしか精製できませんでした。他の国ではハッカ油は抽出できても、『ハッカ脳』は精製できなかったんですね。これこそ、北見市のハッカが世界中で認められた理由です。ちなみに工程によって香りはまったく違い、原油の香りに雑味があるのに対して、最終工程を終えた精油は胸がすくようなピュアな香りがします。またハッカ草が栽培された土地によっても香りが変わり、温かい土地の方が甘みが強く香ります。和種と洋種でも香りが違い、和種の方がやわらかです。こうして生まれた精油の用途は多岐にわたり、香りでのリフレッシュはもちろん、お茶やコーヒーに加えてさわやかな風味をプラスしたり、天然の虫よけとして利用する人も多いようです」。そんなお話を伺いながらハッカの精油の香りをかいでみると、まさに「気分爽快」という言葉がぴったりの、キリッとしながら、かつ自然の優しさも感じる香りでした。

左:香りゃんせ公園フラワーガーデン(キャットミントの花) 中:ハッカ貯蔵棚 右:蒸留実演装置
最盛期には世界シェア7割を占めたものの、石油から作られる「合成ハッカ」の登場で、以前のような元気がなくなってしまった北見市のハッカ産業。しかし今、北見市の天然ハッカが見直されつつあり、昔ながらの和種の栽培が復活。天然ハッカを使用したハッカ油や化粧品、キャンディーなどは全国的に話題となっています。さらに今年の8月には、北見市をイメージしたナチュラルフレグランスを一般公募するコンテストが(社)日本アロマ環境協会主催で行われます。このように「ハッカ王国」としての地位を取り戻しつつある北見市。ここにはいつも、きりりとさわやかな風が吹いています。
|
- 参考URL
- 北見市HP

- イメージフレグランスコンテスト2010





